【参加者レポート】2024平和行動 in 沖縄

 2024年6月23日、24日の2日間、連合福井を代表して情報労連の2名に平和行動in沖縄に参加していただきました。
 以下、参加者2名分のレポート全文と写真を掲載いたします。


2024平和行動in沖縄 参加報告

情報労連 ほくつうユニオン
北川 琢也

 今回、初めて平和行動に参加し、戦争や平和について深く考える貴重な体験を得ることができました。この二日間は私にとって大変意義深いものでした。

 一日目は、平和オキナワ集会に参加し、前泊博盛教授の基調講演を通じて日米地位協定の不平等さや問題点について学びました。また、連合が沖縄、広島、長崎、根室で平和行動を行っていることや、6月23日が沖縄にとって特別な日であることも初めて知りました。

 二日目は、ピースフィールドワークとして瀬嵩の浜、道の駅かなで、チビチリガマ、嘉数高台を訪れました。瀬嵩の浜では辺野古キャンプシュワブというアメリカ海兵隊の駐屯地を視察し、地元住民が土砂移設反対の抗議を行っていることを知りました。道の駅かなででは嘉手納基地を一望でき、視察中に戦闘機が着陸する轟音に驚かされました。この騒音が日常的に続くことの影響を考えると、地元住民の生活への負担の大きさを痛感しました。チビチリガマでは、1945年4月1日に米軍が読谷村に上陸し、翌日にこのガマ内で83名が集団自決するという悲劇があったことを学びました。以前、少年たちによってガマ内部が燃やされる事件があり、現在は内部に入ることができませんが、その聖なる雰囲気と悲劇の重みを感じました。また、近くのシムクガマでは、ハワイ帰りの老人が住民を説得し、全員が投降して助かったという対照的なエピソードも聞きました。嘉数高台公園からは普天間基地を一望し、沖縄戦の現実を目の当たりにしました。

 この二日間の平和行動を通じて、戦争の悲惨さと平和の大切さを改めて理解することが出来ました。特に沖縄の地元住民が直面する問題や、その苦労と努力について、現地で直接見聞きすることで、より具体的に感じることが出来たと思います。これらの経験を心に刻み、家族や職場の同僚、組合活動を通じて伝えていきたいと思います。

 2024平和行動in沖縄に参加し、貴重な体験をさせていただき、誠にありがとうございました。


2024平和行動in沖縄 参加報告

情報労連 ほくつうユニオン
赤松 慎也

 今回の平和行動に参加させていただき、私の中での沖縄に対する印象が大きく変化しました。沖縄と言えば一年を通じて温暖な気候に綺麗な海、国際通りや美ら海水族館などの有名な観光スポットといった明るい印象ばかりが私の中では先行しておりました。しかし「平和オキナワ集会」での基調講演、ピースフィールドワークを通じて沖縄がここに至るまでに悲惨な経験を乗り越え、今もなお多くの問題を抱えていることを目の当たりにしました。

 初日の「平和オキナワ集会」では前泊教授の基調講演を通じて日米地位協定の不平等さや問題点を学びました。基地開発による自然破壊や放射性物質の放出、「思いやり予算」とも言われる日本側の財政負担や、アメリカ軍人による犯罪の際の被疑者の身柄引渡し拒否等の事案は誠に遺憾に感じました。

 二日目のピースフィールドワークでは瀬嵩の浜、道の駅「かでな」、チビチリガマ、嘉数高台を一日かけて回りました。瀬嵩の浜は辺野古基地建設の様子を望むことができました。そこでは反対派の地元住民が舟で抗議に来るということで見張りの舟が何隻もおり、異様な光景で強く印象に残りました。またそこに行くまでの工事現場車両出入り口にも通常以上の人員が配置されており、そこも印象的でした。道の駅「かでな」は嘉手納基地を一望できる高台となっており、実際に飛び立った戦闘機の轟音によって話し声も聞こえなくなりました。この中で近隣住民が日常を過ごしていると思うと、非常に負担が大きいものだと感じました。またオスプレイ墜落事故等も記憶に新しく、そのような不安がある中での生活はとても気の毒に感じました。チビチリガマでは集団自決をした悲劇の現場を目の当たりにし、その方達が感じた壮絶な悲しみや恐怖を思うと言葉が出なくなりました。嘉数高台では普天間基地を一望しましたが、基地が街を分断するようにも見えました。他の基地同様、近隣住民の日常的な負担や不安を感じ、心が締め付けられました。その一方で米軍基地により経済的な恩恵を受けている商店等はそれほど反対していないような話も伺いとても複雑な心境になりました。

 二日間の平和行動を通じて当たり前ながら恒久平和を願う気持ちがより一層強くなり、そのためにより多くの人達に今回私が現地で感じた様々な思いを少しでも多く伝えていかなければならないと感じました。

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