【参加者レポート】平和行動in根室
2022年9月10日、11日の2日間、連合福井を代表して福井トヨタ労組(自動車総連)の2名に平和行動in根室に参加していただきました。
以下、参加者2名分のレポート全文と写真を掲載いたします。

「2022 平和行動in根室」に参加して
自動車総連福井地協
福井トヨタ自動車労組 組合員
令和4年9月10日から11日の日程で、平和行動in根室へ参加さていただいた。
中標津空港から根室へ向かう道中、まずその自然の豊かさ広大さに目を奪われ感嘆したことが記憶に残っている。事前に目を通した資料により、島とはいえ私が住む福井県より大きな面積をもつ四島の景色も同じだろうかと思いながら根室に到着した。
まず北方四島の学習会に参加し、アニメ映画「ジョバンニの島」を見た。旧ソ連軍の進駐した経緯がわかりやすく、当時の島民の混乱や不安が正確に描写され胸が痛んだ。
またそれまでの島民の暮らしが壊されたあと、一時の共存があったことはこの問題の解決が不可能ではないことを表す一筋の希望にも思えた。
次に奥泉氏、児玉氏がふるさとへの想いを講演された。この講演により感じたのは、故郷が無くなってしまった悲しみは、今現在幸せに暮らしている私たちの想像をはるかに超えることだということ。戦後70年を超えた今でも、ふるさとを鮮明に記憶している事実がその想いを強く伝えてきた。またその想いをもつ人々が年々減少し、伝えていく人がいなければ北方領土問題が形骸化してしまう恐れがあることも同時に学んだ。
翌日は根室半島の先端、納沙布岬での「平和ノサップ集会」へ向かった。途中何度も北方領土返還を願う看板があり、根室の地での関心の高さを実感した。現地に到着して驚いたのは快晴の海に浮かぶ歯舞群島の近さであった。目と鼻の先とはこのことで、その狭い海域に昆布漁をしている日本の漁船とロシアの警備艇が近距離で浮かんでいる様が現実を突き付けてきた。この前日に食事の際、地元の方と話す機会があり、北方領土について話したことを思い出した。介護施設にいる元島民の方を知っていると言ったその方は、本人にはこの話はしないと言っていた。発言が攻撃的になり取り乱すそうだ。
近くて遠い場所は確かにこの場にあり、70年以上もこのもどかしさを強いられた元島民の方に対し同じ日本人として慙愧に堪えない。
現在、当事国であるロシアはウクライナとの戦争状態にあり、日本を含む国際社会と大きな溝ができている。北方四島との交流事業も当面実施できないことが事実であり、現地でも若い世代になるほど北方領土への関心が薄れているとも聞いた。内外においてネガティブな状況ではあるが、まず日本での世論が高まる活動が不可欠だと感じる。私たち1人1人がそれぞれの地で今回の活動を身近な人へ伝える。このことが微力ながらもこの問題を動かすきっかけになることを願いながら、集会の最後「がんばろう三唱」をさせていただいた。
今回この貴重な体験をさせていただいたみなさんに感謝しながら、限られた時間が来る前に元島民の方がせめても島の土を踏み、先祖への供養ができるように祈ります。



2022平和行動in根室に参加して
自動車総連福井地協
福井トヨタ自動車労組 組合員
はじめに、4日間と長期間私たち福井トヨタ労組より2名も北海道での平和行動に参加させていただき、連合福井の皆様に大変感謝しております。組合活動を通じ、普段は触れることない国際問題に触れることが出来た事、労働組合の裾野の広さを実感しました。北方領土問題は学校での社会科、新聞・ニュースでよく取り上げており何となく理解・認識をしていたつもりでしたが、平和行動に参加したことによりこの国際問題に対する認識まったく別のものとなりました。この事は、私の人生において大変貴重な財産となりました。平和行動を終え帰宅後は、日本地図の見方も変わったのは事実です。
平和行動1日目は映画「ジョバンニの島」を視聴し、その後元島民であるお2人の講演を聞きました。映画での描写・講演を通じ初めに感じたのは、終戦を迎えるまでは北方領土の島々では、けして裕福ではないが穏やかで平和な豊な暮らしが営まれていたことが印象的でした。そんな穏やかな暮らしが終戦を迎えある日突然、旧ソ連軍が進駐してきた事により奪われてしまう。島から脱出することを試み、命を失った者、シベリヤや樺太へ送られ大変な思いをしたのち命尽きた者、心が痛みました。日本が敗戦しなければどんな結果になっていたのか、考えます。講師お2人が昔をなつかしみ、当時の島での豊で穏やかな暮らしに想いを馳せている姿、今でも目に浮かびます。
2日目は「2022平和ノサップ集会」に参加しました。車で宿泊宿から納沙布岬に向かいました。岬に近づくにつれ「返せ!北方領土!!」といった表現の看板が散見され、何とも言えない緊張感を抱きつつ岬に向かいました。岬に到着し驚いたのは、歯舞群島の水晶島が目と鼻の先にある事。泳いでも行けそうな距離に感じました。岬に立ち感じた感情は、何とも言えぬ悲しい気持ちです。岬自体が広陵としていて殺風景な事も理由の一つですが、過去の悲しい歴史が私にそのような感情を抱かせたかと思います。沖縄へ何度か旅行で訪れた事がありましたが、私の中では沖縄のそれと同じです。
集会が始まるまで岬の散策や資料館を見学、望遠鏡で歯舞群島を眺めていました。望遠鏡を覗き恐怖にも似た感情を抱いた事は、一生忘れる事がないです。それは日本の漁師がコンブ漁をしているすぐそばに、ロシアの巡視船が停泊しており船首に砲台が設置されている事。そして、そのすぐそばに海上保安庁の巡視船も停泊している光景は国境を知らない私には衝撃的であり、北の大地で起こっているこの問題の現実を突き付けられた瞬間でした。前日の講演会の中で講師が語っていたことが目の前にありました。現在ではウクライナ問題もあり、近くても決してたどり着けない北方領土。元島民やその遺族の、虚しさや悔しさを察しました。
最後に、国際情勢は日々、軍事力の行使・武力での威嚇への一途をたどっておりますが、一日でも早い北方領土問題の平和的解決、また元島民やその遺族の皆様が再び故郷の大地におり立てる事、ご先祖の墓参りが出来る事を心よりお祈りしております。




