【参加者レポート】2025平和行動 in 沖縄

2025年6月23日、24日の2日間、連合福井を代表して県教組の2名に平和行動in沖縄に参加していただきました。
以下、参加者2名分のレポート全文と写真を掲載いたします。

福井県教職員組合
林 真也 / 土井内 佑輔

 

2025平和行動in沖縄 参加報告

 

 今回の平和行動は、全国各地から約1,000名の仲間が結集し、2025年6月23日から24日にかけて、沖縄県において開催されました。6月23日は沖縄県にとって太平洋戦争末期の組織的戦闘が終結した日であり、「慰霊の日」として県民の休日となっています。

 この2日間で、多くのものを得て、多くのことを考えるに至りました。この貴重な経験を、以下の3つに分けて記述します。

 


▲平和オキナワ集会

 まず、沖縄市山里青年会によるエイサー(お盆に行われる沖縄の伝統芸能のひとつで、先祖の霊を送り出すため太鼓や歌三線に合わせて各地でにぎやかに踊られるもの)が披露されたあと、衆議院議員の屋良朝博氏による「新たな安全保障を目指して」と題した基調講演が行われました。「安全保障」は価値観、世界観、時代や状況により意味が異なり、普遍的定義というものが欠如しています。心配事のない、また憂いのない状況はさまざまであり、防衛や軍事はその一部に過ぎません。中国と台湾の関係、米軍と自衛隊、人道支援や災害救援等、世界的な情勢を知り、「安全保障」について真剣に考え、議論していくことは大変重要なことです。

 


▲瀬嵩の浜

 辺野古周辺の海は、その特異な地形的特徴を反映し、多様な生態系が狭い水域に組み合わさっています。普天間代替基地の建設予定地には、様々な法律で守られる「ジュゴン」も生息しているそうです。サンゴの死骸からなる白色の砂浜から臨む海面は、福井ではおよそ見ることのできないまさに透き通った青色で、同じ日本とは思えないほどでした。

 しかし、そこでは基地建設のための埋め立てをしている真っ最中で、反対派住民が見張りの舟から抗議をしている日常を垣間見ました。もちろん、沖縄県には基地で働く人々、埋め立てに携わる人々、そして反対する人々がおり、簡単ではない問題を目の当たりにし、異様な光景とともに強く印象に残りました。

 


▲道の駅かでな

 嘉手納町の総面積の実に約83%が基地となっています。そのため町民は狭い地域でひしめきあって生活しており、生活環境・都市基盤・産業の振興など、全てにおいて基地があるが故の制約が伴っています。

 道の駅かでな最上階にある展望場からは嘉手納基地を一望でき、実際に目の前を大きな音とともにタッチアンドゴーで飛び去っていく戦闘機を見ることができました。嘉手納基地には年々大型爆撃機やジェット戦闘機が配備されています。会話や安眠の妨害はもとより、電話の中断、テレビ等視聴の妨げなど、地域住民が日々騒音被害に悩まされながら生活していることは容易に想像できました。

 


▲チビチリガマ

 読谷村にチビチリガマと呼ばれる洞窟があります。ガマとは自然の洞窟を指す沖縄方言で、住民の避難場所として使われました。1945年3月23日に沖縄戦が始まり、4月1日に米軍が読谷村に上陸した際、ガマには住民約140名が避難。米軍に捕まることを恐れ、翌2日には家族同士が手をかけるなどして83人が集団自決しました。

 犠牲者の名前や当時の年齢が刻まれた石碑を見ると、何とも言えない気持ちになりました。その大半が幼い子どもたちだったからです。米軍に何をされるかわからないという恐怖の中、自決するしか他に道はないという思考に陥ったのも頷けますが、正しい情報の大切さ、今となっては間違った情報(教育)のむごたらしさを痛感しました。

 

 

 米軍が沖縄本島に上陸後、宜野湾や浦添などの中部地域では激しい戦闘が行われ、特に宜野湾市の南西部にある嘉数高台周辺は、沖縄戦で最大の激戦地となりました。現在、嘉数高地は「嘉数高台公園」として整備され、沖縄戦の戦場が次々と姿を失っている中で貴重な戦跡となっているそうです。

 高台では、この地で戦死した多くの朝鮮人軍夫を祀った「青丘の塔」、地元住民の慰霊塔である「嘉数の塔」、この地で戦った第62師団に京都出身者が多かったため建立された「京都の塔」が立ち並びます。今では穏やかなこの地で肉弾攻撃等、激しい戦闘が繰り広げられていた様子は想像し難いですが、砲弾がかすめた跡、無数の弾痕が生々しく残るコンクリートを見ると、間違いなく多くの命(日本軍約6万4千、米軍約2万6千)が奪われたことが分かりました。

 また、高台頂上の地球を模した展望台からは、普天間飛行場を一望でき、基地の立地状況や航空機の運用状況を把握することができました。基地が市の中心部に立地するため、緊急車両も迂回しなければならないという問題もあるそうです。普天間飛行場は世界で一番危険な基地と言われています。住宅地の真ん中にある飛行場からは、ジェット戦闘機やオスプレイが普通の家や学校の上を飛んでいきます。基地がある限りこの危険な状況が続いていくということを実感しました。

 


▲「米軍基地の整理・縮小」「日米地位協定の抜本的見直し」を求める集会・デモ

 日米地位協定は、在日米軍の地位や活動に関して規定した協定であり、様々な問題が指摘されています。主な問題点として、米軍基地の提供・返還手続きが米軍に都合が良い、米軍人による事件・事故に対する日本の捜査・裁判権の制限、騒音や環境汚染などが挙げられます。

 沖縄から遠く離れた福井に住む私たちにとって、これらのことは身近な問題ではないのかもしれません。しかし、日本国土のわずか0.6%にしかあたらない沖縄に70%の基地が集中している事実を考えると、決して人ごとではありません。そういった思いで「米軍基地の整理・縮小」「日米地位協定の抜本的見直し」を求める集会・デモに参加しました。暑い中ではありましたがいい時間になりました。

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